読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サザエさんの東京物語 長谷川洋子

読書


恥ずかしながら、久しぶりの読書でした。。。


小学校5年生(1989年)のとき、東京の知り合いに泊まりがけで
遊びに行きました。そのとき、サザエさん展が観たかったので、
長谷川美術館(今の長谷川町子美術館)に連れて行ってもらいました。
どうやら、私はサザエさんが好きらしい。
その頃は、町子さんが亡くなる少し前でした。


長谷川美術館は、町子さんとお姉さんの毬子(まりこ)さんとで
買い集めた絵画を展示する場所としての美術館ですが、
毎年、夏休みは子ども向けの企画をしています。
私は、てっきりサザエさんの美術館だと勘違いしてましたが(^^;)。


うちあけ話を読むと、町子さんには、妹の洋子さんも
いらっしゃって、その洋子さんが書かれたのが、この本。


サザエさんの東京物語

サザエさんの東京物語


アマゾンのレビューでも、最後のシーンがショッキングだったのか、
あまり前向きな感想が少なく、少し不安....
でも、読んでみたいと思っていたので、
やっと図書館で借りてきました。


「うちあけ話」で町子さんが描かれていたことと、洋子さんとで
書かれているものを対比しながら読めたので、とても面白かったです。


・町子さんは、内気ではなく内弁慶だった…これで、幼年時代の
お転婆エピソードも納得です。
・戦争は、幽霊さえ怖くなくなるもの…なんだか心に残りました。
・八王子の病院の対応…少し怖くなりました。


読者レビューなどでは、「サザエさんとの決別の書だ」と書かれていたけれど、
決してそうでは無いと思います。
洋子さんは、サザエさんも、お姉さんも大好きで、その中で串団子として
60歳近くまで生きてきたけれど、自分の自由が欲しかった、
やりたいことをやってみたかった、ただそれだけだと思います。


彩古書房を始めてから、ニューヨークの24時間を出版するまでのくだりは、
それまでお姉さんがいることで成り立っていた洋子さんが、
自分の力で生きている感じがして、文章からも喜びが感じられました。


でも、それはお姉さんには理解して貰えなかったし、
洋子さん自身も、理解して貰うことを途中から諦めていたのでしょうね。
お姉さん方も、「出版がしたいのなら、姉妹社でやればいいのに何故?
私たちのことが嫌いだからじゃない?」という感じで、
勘違いが進んだんじゃないかと推測してしまいます。


お姉さんがお亡くなりになられて、ずっと言えなかったことを
やっと本にしたためた感じがしました。
母が持っていた30年前の姉妹社の本には、洋子さんの名前があったのに、
私が買って貰った20年前の姉妹社の本には、洋子さんの名前が無かった理由が、
今になってやっと分かったような気がします。



岡山市の不動産 有限会社バルプラン
http://www.balplan.jp/
私の勤めている小さな不動産会社です