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六ヶ所村にこだわる理由

六ヶ所村ラプソディー 脱原発

 
 昨日のブログの内容は、やっぱり過激だと取られてしまうのだろうか…。
昨日町長が単独で行った、高知県東洋町の施設調査応募がNUMOに受理されたそうです。
この問題は、高レベル放射性廃棄物の処理方法が確立されていない中、
日本では地中深い見えない場所に埋めればOKという考え方で、
とにかく処分場ありきのような動き方をしている点が問題のようなのです。
色々考えると、原子力発電所を作ったところから、
すでにパンドラの箱は開けられていたのかもしれません。


 私は地理学科出身ですが、環境問題に興味があったのと、
環境考古学をやっていた先生の講義が好きだったので、
「環境論」という副専攻の授業を数コマとっていました。
ちょっと気になる女の子と一緒に授業を受けていて、
環境考古学の先生からは、付き合っていると思われていた
甘い思い出もあるのですが、今回、それは置いておいて(笑)。


 その先生には、授業のたんびに、
「世の中の統計資料を見て、情報操作されていないか、読み抜くことが必要だ」
「君たちが、中年を迎える頃は、気候変動が起こって食糧不足に陥る、
そのときは戦争が始まる。僕はそのとき、もう死んでるけどね。
君たちは大変だね、ガッハッハ…」


「戦争が始まると、君たちのように地理を勉強しているものが一番作戦に有利なんだよ。ガッハッハー」
 みたいな話をされていました。


 この後味の悪い、嫌みながらも筋の通った授業は、
今でも私の心に深く刻まれています。それに加えて、
前職のマインドコントロールが解けてきたことも一つの理由です。


 サラリーマンの社会では、良いことというのは売り上げがあがること。
そんな中で、薬という生命関連商品を競争で売っていくのですから、恐ろしい話です。
ここで、大学の教授の言葉(一般的な「教授のお墨付き」という意味です)
というものが、どれだけ意味の無いものかが分かりました。
あの人たちは、どんな薬でもうまーく言葉巧みに「素晴らしい薬だ」
と論文に何でも書いてくれるんですから…。
そんな意味の無いお墨付きだと分かっているはずなのに、
いざ自分たちの商品にお墨付きを与えてもらうと、
大学の先生も認めてくれたんかぁ、と全く逆の反応になって、
一生懸命プロモーションに走っていました。


 上手く書けないのですが、こういう経験が基礎にあることは確かなんです…。
でも、今日は、仕事内で、簡単に人を批判しすぎる、
と注意されてしまいました。あー昨日のブログの内容やばいなぁ…。
もっと寛容な心を持って落ち着いて
何もかも理解して説明できる賢い頭がほしいです。